廃線・廃道跡探索

■鞆鉄道廃線跡(福山〜鞆)
福山市南部に位置する潮待ちの港・鞆と福山市中心部とを結んでいた鞆鉄道。
その歴史は古く、まず1913年の鞆〜野上間の開通に始まり、翌1914年には野上〜福山町間を延長開業する。
1931年にはさらに福山駅まで延伸し、全線開通を迎える。
しかしながら、鞆の町自体の地盤沈下や競合する同社の路線バスの影響を受けており、その経営状態は著しいものではなかった。
1954年には鉄道の営業を断念し、バス輸送に転換された。

地図はこちら


鞆鉄道福山駅跡を望む。山陽本線に隣接する形で鞆鉄道のホームがあった。(A地点)


野上駅跡には事務所が建っている。(B地点)


事務所の壁にはここが駅跡であることを示す看板が取り付けられている。(B地点)


石組みの橋台が民家の土台の一部になっている。(C地点)


光小学校脇の側溝にはコンクリートブロックに紛れて廃線跡の石垣が残っている。(D地点)


水呑大橋付近には水害によるルート変更前の路線の橋台も残っている。(E地点)


水呑薬師の駅舎は大部分が取り壊されたものの一部が保存されている。(F地点)


住宅地の脇に御影石を積み上げた立派な橋台が残っている。(G地点)


先ほどの橋台のすぐ南側にも橋台が残る。(G地点)


葛城駅跡は妙見バス停となっている。駅跡らしい広いスペースが特徴的だ。(H地点)


金崎駅の駅舎は改築され民家の門になっている。(I地点)


鞆駅のホームは鞆車庫バス停となっている。改札のポールの跡も残る。(J地点)

フレームが表示されていない場合はこちらをクリックしてください